橈骨遠位端骨折と方形回内筋

橈骨のエコー画像

橈骨遠位端骨折は日常的によく遭遇する骨折ですが、みなさんは周囲の軟部組織に目を向けたことはあるでしょうか。ほねゆきが免許をとって2年目の時に、シャウカステンの前でフィルムを見ながら師匠からこう言われました。

「レントゲンは全部見ろ。骨を見るのは当たり前だが、余白も軟部陰影も、放射線量も見るんだ。」

解説がないと炎上しそうですが、あえて全ては語りません。(笑)

それを言われるまではレントゲンは骨を見るもの、骨しか写らないものだと思っていました。ほねゆきはその日以降、過去のレントゲンフィルムを全て引っ張り出して、軟部組織の陰影を片っ端から確認しました。

フィルムを見ては、考えて、疑問に思ったことを折り込みチラシなどの不要紙の裏にメモし、いくつか疑問がまとまったら業務終わりに師匠を捕まえて質問しました。「そんなくだらない質問するんじゃない」と怒られる時もありましたが、とても学ぶことは多かったです。

そこでレントゲンの読影(観察・注視)の力がついたと思います。ほねゆき自信、まだまだレントゲンを見る能力は低いですが、平均よりは観察能力はあると思います。

今回は、その時にもたくさん観察した、橈骨遠位端骨折における方形回内筋のレントゲンの写りについて書きたいと思います。

目次


  • 方形回内筋の損傷
  • レントゲンで何を見るか
  • 方形回内筋に対する施術

方形回内筋の損傷

橈骨遠位端骨折では、その多くに方形回内筋の挫傷が見られます。具体的にどのくらいの割合で方形回内筋の挫傷が見られるかはわかりませんが、ほねゆきがエコーで観察する限りではかなりの確率で方形回内筋は損傷していると思います。

※もし、橈骨遠位端骨折と方形回内筋の損傷の関係についての文献があれば、知ってる方教えてください!

3/11追記
2000年に『橈骨遠位端骨折におけるfat pad signの有用性の検討』として小林直行先生(医療法人仁科整形外科:当時)が日本接骨医学会抄録集にて方形回内筋表層の脂肪体像を発表されていました。

2020年には『超音波診断装置を用いた前腕遠位掌側 fat pad(pronator quadratus sign)の描出』として、同じく小林直行先生らが柔道整復接骨医学第29巻3号において方形回内筋表層の脂肪体像のエコー描出による知見を発表されています。

またこれ以外にも記載されているものがあれば、随時追記したいと思います。

方形回内筋は尺骨遠位と橈骨遠位を横に結ぶ筋で、教科書などの簡易なシェーマではかなりペラペラそうに描いてあります。解剖体で確認すると、ほねゆきが学生の頃に想像していたペラペラ加減よりも、意外と肉厚です。(これは人によって想像が違うので、なんとも言えませんが笑)

エコーにて橈骨遠位掌側を長軸で確認すると、橈骨の掌側のカーブに沿ってベッタリと紡錘状の方形回内筋が確認できます。しっかりとした筋膜があり、それより表層の屈筋腱との区別がはっきりとつきます。前腕を回内外方向に自動運動させると筋腹の厚みが変わるのが確認でき、面白いので永遠に観察してられます。

小児の橈骨遠位端掌側エコー長軸像(健常児)のイメージ

では、損傷した方形回内筋はどうでしょうか。

橈骨遠位端骨折において方形回内筋をエコーにて観察すると、その筋腹の幅が正常よりかなり厚く写ります。筋が損傷を受けて腫脹しているためです。そして、損傷の程度によりますが筋組織中に高輝度像が確認でき、正常な筋でみられる筋繊維の配列が不正に写ります。一般的な筋挫傷の写りの特徴と同じですね。

小児の橈骨遠位端骨折(掌屈転位)、橈骨遠位端掌側エコー長軸像のイメージ
方形回内筋の腫脹と挫滅がわかると思います

橈骨遠位端骨折の患者さんの前腕遠位掌側を触診すると、骨折の程度や時間経過にもよりますがパツッとした方形回内筋の腫脹がしっかり触れられます。橈骨の掌側の関節面のヘリから近位に向かってよくよく触ると、あるところでそのパツッと感がなくなります。そこが方形回内筋の終わり(近位)だと確認できます。機会があれば患者さんに了解を得て、もしくは手際よく触診の流れで触ってみてください。

遠位から近位にかけて成人だと10cmくらいでしょうか。ちなみに、健側で同様に触診すると方形回内筋があるところと、ないところだと、わずかに触った感触が違います。自分の前腕で確認してみてください。押しすぎると痛いので、患者さんの気持ちがわかります。

レントゲンで何が見えるか

レントゲンは体にX線を照射し、そのX線の吸収率の差によって、白(暗くうつる部分)と黒(明るくうつる部分)の濃淡の差を画像に表現するものです。簡単に言うと、体内の組織の密度が高いとX線の吸収率が高く画像では白く(暗く)写り、体内の組織の密度が低いとX線の吸収率が低く画像では黒く(明るく)写ります。

具体的に言うと、骨は密度が高いので白く写り、空気は密度が低いので黒く写ります。

四肢の組織を順番に書くと、

白(高密度) 骨>筋腱や靭帯>脂肪>軟骨 黒(低密度)

となるそうです。では、血腫はどこに入るでしょうか。血腫は血液ですから、密度(一定堆積あたりの細胞数)はとても低いでしょう。よって、レントゲンでは黒く(明るく)画像に表現されます。

現代のデジタルX線検査(DR)機器であれば画面上で彩度やコントラストをいくらでも編集できますので、電圧・電流量や時間だけで画像の明暗が決まるわけではないですが、この違いを知っているだけで、「これは脂肪組織かな」「これは血腫が写っているのかな」「ここが黒く写ってるのはおかしいな」などと考えられるわけです。

アキレス腱断裂において、わかっている先生だとレントゲンで低電圧撮影をしますが、やりようによっては軟部組織陰影も写せるんです。

骨折のレントゲンにおいて、骨以外の読影(観察)をすることによって、得られる情報を増やすことができます。

レントゲンにて方形回内筋は写るのか

結論から言うと、方形回内筋の筋実質はほぼ見えません。しかし、方形回内筋上の脂肪組織は黒く写ることが多いのでそのシルエットは確認できます。肘のファットパッドサインが黒く写るのと同じです。手関節のファットパッドサインといっていいのではないでしょうか。筋間にある脂肪組織は黒い像となって判別しやすくなります。

手関節側面像で見た時に、方形回内筋表層に黒い脂肪組織のスジが見えるので、橈骨からその脂肪組織までの距離、つまり方形回内筋の筋腹の厚みをはかることができるのです。

ここで注意すべきことは、健側にも方形回内筋表層の脂肪組織はあるということです。健側の手関節側面像を撮っても、この黒いスジは見えます。

画像右が橈骨遠位端骨折のシェーマ、画像左が健側のシェーマ
方形回内筋の厚みに注目。

ほねゆきは若い頃に、「方形回内筋に沿ってでる黒い線は血腫だ」と先輩に教えていただいたことがあります。

ある日、骨折部を比較する目的で健側を撮影した時に、健側にも患側と同じように方形回内筋表層に沿って黒いスジがあることに気付きました。「ん、健側にも血腫?」と思いましたが、のちにこれは脂肪組織組織の陰影だということがわかりました。

この“黒いスジ”自体は組織損傷がなくても、つまり血腫が発生していなくても写ることがあるということです。橈骨遠位端骨折や方形回内筋の損傷を示唆するものではないのです。

しかし実際には、橈骨遠位端骨折や方形回内筋の損傷があれば血腫が方形回内筋表層の筋膜間に入り込んで、その黒いスジが正常よりやや太く強調されて写ることがあります。

先程、黒いスジは血腫によるものではないと言いましたが、前述したように血腫もレントゲンでは黒く写ります。脂肪組織と血腫が一緒になって写ることはあるということですね。方形回内筋表層の黒いスジの有無では、橈骨遠位端骨折や方形回内筋の損傷の有無は判断できないが、方形回内筋表層に血腫が介在した場合には、黒いスジの太さなどで判別できる可能性があるかもしれないですね。

レントゲンの読影(観察)能力に長けていて、微妙な橈骨遠位端骨折でも骨のラインを見て判断できればそれに越したことはないですが、明らかな骨折像がないのに、方形回内筋の厚みが違うように見える場合や、方形回内筋表層の筋膜間に血腫の介在がありそうな場合は、不顕性骨折などを疑うべきかもしれません。

 

 

橈骨遠位端骨折の転位について解説した記事です。気になった方は読んでみてください。購入後はすぐに読めます。