踵骨骨折の施術での失敗

踵骨骨折のCT画像

今回はほねゆきが施術に難渋した症例をご紹介したいと思います。ネット上の記事では、トラブルなく綺麗に治った症例しか扱わない傾向にあると思います。

しかし、施術経験などの話を聞く上で一番ためになるのは失敗した話です。自分が失敗しなくても、同じ轍を踏まないように脳内で失敗体験をすることができるからです。読者の何かの糧になればと思います。

タイトルには失敗したと書きましたが、今回の踵骨骨折の患者さんに後遺症を残したとか、そういった類の話ではありません。正確に言うなら施術に難渋したというところでしょうか。今であればもっと、スムーズに経過を追えたかなと、すごく反省している症例です。結果的に患者さんは問題なく社会復帰されております。

どのような経過であったか

10年ほど前のお話です。受傷翌日にこんな患者さんが来院されました。

50歳、男性、体重78kg
基礎疾患:糖尿病、高血圧症、高脂血症
診断:左踵骨骨折、立方骨剥離骨折、前脛腓靭帯損傷

実際には、まず患者さんが接骨院へ来院され、上記傷病を疑って応急処置後に対診しました。レントゲンとCTを撮影後に、ほねゆきに整復固定の依頼が返ってきました。

まず、経過を箇条書きします。

〔踵骨骨折〕
踵骨体部骨折(踵骨体部外側に骨折による軽度の凸変形あり)、ベーラー角6°、Essex – Lopresti typeⅠ-B
〔立方骨剥離骨折〕
踵立方関節足底関節縁に2mm程度の小骨片あり
〔前脛腓靭帯損傷〕
断裂は認めず、前脛腓間の動揺性なし、軽度の圧痛を認める程度

あまり重要ではないですが、参考までに載せておきます。

経過は週に4日程度(だいたい1日おき)で診ており、骨折型が不安定なものでなかったため、都度、物理療法を行った。エコーでの患部観察は週に1度行った。

下記、当時のカルテ抜粋。

初検時(対診後)
受傷後にしばらく仕事をして出歩いていたといい、患部の腫脹は著明で足背と踵部内外側の皮膚をさすっただけでも過敏な状態にあった。腹臥位にて大本法を用いて徒手整復後、足関節約20°底屈位でPTB式Graffin型ギプス固定(PTBギプスで踵を解放したもの)。整復固定後のレントゲン・Computed Tomography 撮影にて整復位は良好で、体部外側凸の変形は消失。松葉杖にて免荷としたが、前足部を地面につく程度の接地は許可した。

1週
再転位なし。
エコー:足背部・踵部内側の上皮と皮静脈間に低輝度像出現。
痛覚過敏持続。

2週
エコー:低輝度像が皮静脈より浅部に出現。
痛覚過敏は持続。自動運動開始。可動域制限はそれほどなし。

3週
レントゲン:明らかな骨萎縮像はなし。
エコー:皮静脈より浅部の低輝度像は消失し、深部に出現。
関節運動時に皮膚の動きに従って激痛出現。徐々に荷重開始。

5週
松葉杖除去。
本格的に運動療法・手技療法開始するが、運動時の皮下痛強い。

8週
レントゲン:患部周囲(下腿骨遠位、距骨、踵骨、立方骨、舟状骨)に骨萎縮像出現。骨萎縮像はボトムと思われた。
エコー:低輝度像消失。皮膚過敏は2週を10とした時に3程度残存。
関節運動の際の皮膚運動に関連した疼痛が落ち着く。

17週
皮膚痛覚過敏がようやく消失。可動域制限なし。

なにが問題か

今回の症例では、皮下の浮腫に伴う運動時痛と、皮膚疼痛過敏が必要以上に強く出てしまったことが問題です。これは施術の方法によってもっと早期に改善できたと思います。

骨折の型としては骨癒合は良好で、距踵関節痛や腓骨筋腱のトラブルはありませんでした。

いわゆる骨折治療は、骨癒合をいいカタチ(解剖学的整復位という形と機能面というかたち)で目指すことのみではありません。ほねゆきが学生の時は骨折治療において骨以外の組織の状態をコントロールすることが大切だなんて思いもしていませんでした。

では、どのような対応があればもっと早期に皮下の浮腫に伴う運動時痛と、皮膚疼痛過敏を取り除けたのでしょうか。

どういった施術が好ましかったか

前述しましたが、今回の症例では関節拘縮による運動時痛ではなく、皮下に浮腫が生じた際に関節運動時の激痛がでました。それは皮膚を術者の指で軽く抑えて横にずらすような操作で我慢できない程度になっており、関節運動の制限は明らかに皮膚の動きに影響されていました。

皮下の浮腫→運動時痛→関節運動阻害

カルテの抜粋では、少しわかりづらかったと思いますが低輝度像(エコーで反射するものがない)というのは体内での水を表してます。浮腫をエコーにて観察すると皮下組織(皮下脂肪)の間が低輝度像で埋められているような特徴的な像が確認できます。

⬆︎黒く見えるのが低輝度像で、水の存在を示唆しています。

この症例は複雑性局所疼痛症候群(CRPS; Complex Regional Syndrome, 国際疼痛学会 IASP, 1994)Ⅰ型の初期症状(もしくはⅠ型は完成していた)を併発していたものと思われます。

CRPSには診断基準のようなものがありますが、それを患者さんにあてはめても、ここではあまり意味がない(施術にはあまり直結しない)ので割愛します。

この患者さんは、受傷から1日経過していたり、その後に怪我により会社を辞めなければならなくなったこともあり、社会的な心理因子も関係していたものと思われますが、やはりほねゆきが早期から皮膚過敏を意識して施術に当たらなかったことが一番の問題だと思っています。

治療方法が観血的か非観血的かによらず、踵骨骨折は整復固定直後からの荷重を許可できない場合が多く、このような外からの適切な刺激が足りなかったものと思われます。

まだギプス固定を常時している時は、来院時に患部を37℃くらいの温かい手拭いで清拭し、皮膚色を確認する程度しか施術は行っておりませんでした。当時は物療機器も揃えておらず、その程度でもおかしな状態にはならないだろうと慢心があったのです。

物療機器がなくても、受傷後早期には自宅でのアイシング指導をもっと積極的にするべきでしたし、来院時には軽擦法や圧迫法(温浴)などを行うべきでした。

おわりに

ほねゆきは細胞レベルで病状を説明することはできませんが、外的刺激を適切に(多すぎてもいけない)入れることで、理論的には大部分のCRPSを予防できるといった研究がなされているようです。

先人の柔整師らはそれが研究結果としてわかっていない時代から、それらを予防していたと考えると、柔道整復術も捨てたもんじゃないなぁと思います。

この症例を経験させていただいて以降、患部の浮腫のコントロールと皮膚の観察は怠らないように自分の中で戒めています。